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A Huge Difference in Storytelling b/w Disney and Pixar

PixarとDisney (Walt Disney Animation Studio)のストーリーテリングには特にevilの描き方について大きな違いがある.

Pixarは一貫して,悪役には悪役になるだけの理由がありその闇堕ちの過程を描いている.

  • “Toy Story” (1995): 明確な敵は出てこない,Sidもその独創性は子どもの自然な成長過程として理解される.敵は新参者を心から歓迎できないWoodyや,自身のアイデンティティクライシスに苦しむBuzzら心の中にある
  • “Toy Story 2” (1999): Stinky Pete (the Prospector)は長年お店で売れ残ったことで人間の子どもに愛されることへ抵抗感がある,そこにはWoodyやJessieが子供たちの元に戻りたいと思うのを止めるに足る人間不信がある
  • “WALL-E” (2008): 明確な敵は出てこない,しかしそこには人間の傲慢さから来る環境破壊への戒めがある,悪いのは私たち人間
  • “Up” (2009): Charles Muntzは旅先での怪鳥発見が認められず捕獲に躍起になる,過度な承認欲求だが理不尽ではない,そこには人間不信になるに足る理由がある
  • “Turning Red” (2022): 主人公の視点から強いて言えば敵は母親かもしれないが,本質的に敵は自信のレッサーパンダとしてのアイデンティティとの向き合い方であり,ここにも明確な敵が登場しない

一方Walt Disney Animation Studioの作品はなぜ闇堕ちしたか分からない「完全な敵」として描かれているキャラクターが多い

  • “The Little Mermaid” (1989)
  • “Tangled” (2010): 自分の若さのために少女を監禁するMother Gothelは明白に理不尽である.
  • “Frozen” (2013): Hansは王座のためにAnnaを欺く,これも,理由はあるが行動が理不尽である

ここには,おとぎ話的で「敵」と「味方」を明確に分ける対立構図が見て取れる.

必ずしもこの法則がすべての作品に当てはまるわけでは無いと思うが,Pixarは方向性として明確な「敵」を作らず複雑な人間模様の中で生まれるconflictを描く点でアート映画っぽく,また大人向けである.子供向け作品のようなルックであってもね.

重要なのは,Disneyがこれらの方針やキャラクターの描き方の異なる複数のProduction Studioを持っていることで,その多様性がDisneyが持つ知的財産の奥深さを強化している点にあるだろう.