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留学総括 (Berkeley, 2025)

Golden Gate Bridge

2025年8月から2026年5月まで,私が在籍している国際基督教大学(ICU)の交換留学生として米国カリフォルニア州はUniversity of California, Berkeleyに留学した.この文書は,大枠としてはその留学にかかる自身の経験をまとめるとともに,細かな気づきを私的に記述するものである. あくまでも私的な記録が目的であるためすべて赤裸々に書き綴るのであるが,写真の掲載や個々の人物/出来事に対する言及の掲出停止を望む場合は[email protected]までご連絡頂きますようお願いします.

Yard in Berkeley

以下に,事が起きた順に留学中の出来事を書き連ねる.

留学当初の学期で,大学に行けなくなった.私が滞在していたのはBerkeley Student Cooperativeという自治寮組織のCloyne Courtという建物で,たしか築100年を越える古いホテルを改装して作られた寮だ.壁一面が落書き・グラフィティに覆われていて,天井には正体不明の靴が連なる謎のスペースがあったりするエキサイティングな施設なのだ. Shoes on the Ceiling

しかし私がそこで初めにアサインされた部屋のルームメイト2人(私の初めの部屋は3人部屋だった)のいびきがとにかくうるさく,また3人部屋のうち私が寝泊まりしていたスペースには窓がなく,とにかく住環境としてはとても良いものではなかった.尤も,Berkeleyを含めたSan Francisco近郊の「ベイ・エリア」は世界の中でも家賃が高いことで有名らしく,その地域におそらく月1,000USDで住めたのは幸運だったのかもしれない.とにかく,そのいびきのせい(ということにしている)で睡眠サイクルが完全に狂い,学期開始当初には通えていた大学の授業にも出られない日々が続くようになってしまった.そういえば途中からルームメイトが部屋に犬を飼い出していたな.何か理由があって寮でも特例で認められたのだと思うが,とにかく狭い部屋の中に3人が住んでいて,そこで大型犬(しかも臭い!)を飼うのはやはりおかしかったと思う.一応私にも飼う前に口頭で許可を求められて私も「よかろう」とは返事したものの,そんなの実際に来てみないと分からないしその後その「よかろう」を撤回する手段がなかったのはやはりルームメイトとしてリスペクトに欠いていたと思う.

余談だが,今ふと思い立ってこの文章を私が書いている山小屋(留学直後から季節労働で働いている2026年9月現在の勤務地)の従業員部屋は窓もないし,カーテンで仕切られただけで4人が一緒に住んでいて,私は特にうつ病に悩まされることもなく毎日寝泊まりしているので,そのことを考えればいびきだけが不登校の原因でない気もする.やはりはじめて長期間暮らす日本以外の国で,言語や文化の違い,また大学に友達もおらず授業に出なくても声をかけてくれる存在がいなかったことなどによる孤立感,そして環境に対する「まあ,授業に出なくても最悪単位が出ればいっか」という甘えが大学に通えなくなった理由なのだろうか. Southside of the campus

留学中には2つの学期あり,前半の秋学期で取っていたのは以下の授業である:

  1. EPS82: Oceans
  2. GEOG80: An Introduction to Geospatial Technologies: Mapping, Space and Power
  3. MATH 126: Introduction to Partial Differential Equations
  4. MATH 172: Combinatorics

以下に,各授業について取るに至った経緯と,全くもって客観性を欠いた自身のその授業の受容方法を記述する:

広く全学に向けた海洋学の入門コースである.後述するように登山にはまっていたもので(今も大好き,だから山小屋で働いているくらい),隣接する海洋学もひょっとしたら興味があるだろうと思って取っていた.学期開始当初は植物学に関する別の授業を取ろうと思っていたのだが,理由は忘れたがその授業が取れず,履修変更期間の最後まで植物学の授業に空きが出なかったもんだから2-3週目のどこかから海洋学も取り始めた.結果として,初週の授業に出られなかったことはその後のモチベーションや生活習慣作りのためにも大変悪かったと感じる.また,この授業は1限(8時から)で比較的教室の場所も遠く,また課題(たしか毎週提出するクイズと,授業中に出席代わりに提出するPoll)がとても多かったため,一番早く出席回数が減った. 授業の内容自体は毎回興味深かったが,一般的に大学の講義で使われるレベルの英語の単語や,海洋学/進化生物学では当たり前に使われる基本的な単語を知らないものであるから,一度授業内で何か発言があった時に頭の中に入る情報の量は他の学生に比べて格段に少なかったと今考えても思う. そうだなあ,今思い返しても言語の壁は大きかった.特にこの授業は数百人レベルの大教室での講義で,分からなかった時に「今のどういうことですか」と聞けない環境であったのも大きいだろう. そういえばこの授業で一緒でクライミングジムで会って仲良くなった中国系の女の子がいてハロウィンパーティに一緒に行くことになり,何か起きる/起こすことを期待したが特に何も起きなかった喪失感が,授業に出る回数が減っていた中で,全く行かなくなったきっかけである.彼女とはInstagramでやりとりをしていたが日本帰国前にそれもやめてしまったので(極端なSocial Media断ちについては後述することになると思う),名前も忘れてしまった.相手からよく誘ってきていたけれど特に恋愛に発展しなかったのは,私の彼女に対する想いが足りなかったのだろう.今(2026年9月),先月山で出会って色々な場所に一緒に行きたいと言ってくれる女の子がいるので,(私には幼馴染のように慕っていて,この人と一緒に過ごせたらさぞかし幸せだろうと思う高校時代の同級生の親友がいて,そいつのことはもちろん忘れることはないし今でも一番は彼女であるのだが,)やはり自分も相手に興味をもって相手の贈ってくれる好意に好意で返すやりとりをするように,相手の気持ちを蔑ろにすることがないようにしたいと心に誓っているところである.その通称「幼馴染」のこともきっと忘れられないし,これからも想いつづけるのではあるのだろうが.

GEOG80: An Introduction to Geospatial Technologies: Mapping, Space and Power
Section titled “GEOG80: An Introduction to Geospatial Technologies: Mapping, Space and Power”

地理と関連技術についての講義である.いわゆるGIS(地理情報システム)を使う授業である.授業とは別に演習の時間もあって,QGISというソフトウェアを使って作図をする練習をした.地図の作成は楽しかったが特段興味をそそられる訳ではなかった.結局大学に行けなくなったために最後の自由課題(Final Project)を提出できなかったことは心残りである.そりゃfailするわ. 留学前の2025年春-夏はとにかく登山にはまっていて,2024年の夏に登山に出会ってから大学のワンダーフォーゲル部に入って山行を重ね,2025年初には雪山デビュー,そして2025年春からも近場の山や,夏には友人の実家がある八ヶ岳,富士山,常念→燕の北アルプスでビューなど,とにかく山にあふれていた. そんな経緯もあって,大学1-2年で散々決めかねていた自身の専門分野は地理学/地学であろうという甘い考えのもと,履修を考えたのであった. 結果的に,後期で履修したPyEarthというPythonで地球科学を解析する授業(後述する)も含めて,自分は地理学/地学には興味がないことが分かり,その興味の無さも大学から私を遠ざけた理由かもしれない(依然として大学に通えなくなったのは,私の環境に対する甘えであるという自覚は持っている). 具体的にその興味の無さを分析すれば,地球の運動は私の得意とする数学/統計的に捉えるにはミクロ過ぎて(岩の成分分析などはとても定性的であろう),その定性的な地球との向き合いには残念ながら学問的興味を覚えられなかったといったところだろう.

MATH 126: Introduction to Partial Differential Equations
Section titled “MATH 126: Introduction to Partial Differential Equations”

微分方程式論は,まず常微分方程式(ODE; 次学期取った)を習ってからこの偏微分方程式(PDE; これ)を習うのが定石である.しかし,何を誤ったか私はPDEの方が特殊相対性理論で,ODEの方が一般相対性理論のようにより抽象化された難しいものだろうと考えてまずPDEを取ってしまったのである.これは完全な失敗だった.授業の教え方も難しかったし,内容にもついていけなかった.教授がStanfordだかの出身でクライミングをしていて,PDEを使った自身の研究内の解析をPythonで可視化したのを見せてくれたのはおもしろかった.ここまで書いて,私は数学に興味があるのではなくて数値解析に興味があるのだと再認識している.

最後のCombinatorics(組合せ論)は,ICUで数学メジャーを専攻すると決めたときに,自身がコンピュータプログラミングが趣味であるものだから,きっとコンピュータと数学の中間領域が良かろうと思ってICUの数学の教授におすすめされて取ったものであったが,これが恐ろしく自分の興味の無いものであった.自分は,「どうコンピュータが動くか」ではなく「コンピュータを使って何ができるか」という方にしか興味が無いのだと気づけた良い経験だった.

英語で授業を受ける経験はICUで既に行っていたのでそこまで困らないだろうと高を括っていたが,全くもってそのようなことはなかった.ICUでは少人数で質問があれば教授に直接できるし,もし聞き逃しても周囲に私の母語である日本語で教えてくれる友人がいた.そのような友人なしで英語の授業を受けるのも辛かった.せめて同じ授業を受けている友人でもいれば/作れれば良かったのだが. 総じて,取得する単位はすべて0-99までのもう少し初学者向けのコースであるべきだったかもしれない.ただ,ICUの教授でも気軽に相談できる人がおらず相談してもその情報はあまり当てにならないし,それからUC Berkeleyに日本から理系で留学した人を一人も知らなかったので,履修の仕方を訊けなかったのは残念であった.大学の相談センターをもう少し頼るべきだったか.しかし,英語で話す相手に腹を割って色々な相談をするには私の英語力が足りていない.(そういえば,帰国後日本では「英語ペラペラだね」と言われ,アメリカでは英語で苦戦しているこの求められる英語力のギャップは2国間でとても大きい.)

また,自身が何をしたいのか分からなくなっていたことも履修計画を立てづらかった原因だろう.一方で,なにをしたいのか分からないながらにもICUには通っていた訳で,やはり頼れる友人がいなかった/作れなかったことが前期の私を大学から遠ざけた一因かもしれない.Berkeleyの授業のレベルが自分の能力に対して著しく高かったために,友人を作るような余裕もなかった,とも言えるかもしれない.もう一度今からBerkeleyで学ぶことがあるとして,自分は授業についていけるのだろうか.ついていけるとしたら,例えばPDEであれば日本で教科書を一冊通していたり授業を一度履修したことがないと厳しいかもしれない.

授業についていけなくなり,また孤独感から深夜まで日本語のコンテンツを消費するようになってから睡眠習慣が狂い,初めの方には大抵の授業に出席していたのが回数が減り,前述のとおり10/31ハロウィーンを境にNovember 1, 2025から全く授業に出なくなってしまった. その頃はまだいびきのうるさい3人部屋で,自分のスペースにこもってTBSラジオ・JUNKの『伊集院光 深夜の馬鹿力』や『バナナマンのバナナムーンゴールド』をYouTubeで(海外からはRadikoにアクセス出来ないので許してほしい)聴きながらMinecraftのサバイバルモードでとにかく実績解除をやっていた.全く同じこと(深夜ラジオを聴きながらMinecraft)を中学生だか,コロナ禍(高校生)の頃にやっていたので,まったく成長していないなと思った.他にも落語や『乃木坂工事中』(,Porn)に頼って生きていた.どれも中学生以前から見ている/聴いているもので,かくも人は変わらないものかと悲しくなる. 深夜の馬鹿力 これは寮生活終盤の写真だけど,聞く回がなくなって2021年まで『深夜の馬鹿力』を遡っている.伊集院さんが違法アップロードを嫌っているのは知っているけど外国でもあなたの話を聴きたかったのです.ごめんなさい.

Cloyne Court Friends in Cloyne 寮はお世辞にも綺麗とは言えなかった.週4-5時間くらいのWorkshiftが割り当てられ,私は掃除や皿洗いをしていた.引きこもりの時でも部屋の外に出る理由になったのでよかった.食事は,和食になれすぎている私にはあまり合わなかった. Dining in Cloyne Meal in Cloyne 代わりに,Tokyo Fish Marketという日本食スーパーでたまに和食を仕入れて食べることもあった.友人とキムチ鍋をしたりもした. キムチ鍋 寮生が多くご飯をみんなで食べるので,おのずと普段から話せる友達がたくさんできた.Niceな人が多く,人に大変恵まれた寮生活だった.

前述したように登山にハマっていた時期に渡航をしたもので,入った部活動もそれに関連するものだった.

ハイキングやトレッキングを行う部活動で,後述するPoint Reyes National Seashoreに行ったのが期間中の主な活動だったかと思う.新歓期間にBerkeleyのUphill (Strawberry Canyon Fire Trail)に行ったりもした.

クライミング(岩登り)をする部活で,活動のハイライトはYosemiteに行ったTripだった.他にも,Mortar Rock, Big Boulder Comp, Stinson Beachなど,boulderがメインだったが思い返すと思いのほか色々な場所/イベントを訪れることができた.

前述したように寮の部屋をほとんど出なくなってからも,そのような引きこもりではいけないと思い,しばしばメールで届いていた部活動に関する案内で惹かれた部活のTrip/Eventに参加したり,ひとりでふらっと小旅行に出たりしていた.もちろん,引きこもる前からも.

寮のハイキング (Sat, August 30, 2025)
Section titled “寮のハイキング (Sat, August 30, 2025)”

寮(Cloyne Court)のみんなでFire Trailを歩いた. Fire Trail Berkeley

サンフランシスコ(Sun, August 31, 2025)
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おそらく渡航後,空港からの通過を除いて始めてサンフランシスコに行った. San Francisco

Waymoタクシーが普通に走っている景色. Waymo

サンフランシスコ(Sat, September 6, 2025)
Section titled “サンフランシスコ(Sat, September 6, 2025)”

翌週の土曜日にもサンフランシスコに行っている. Ellis Island from SF

Indian Rock Park (Thu, September 11, 2025)
Section titled “Indian Rock Park (Thu, September 11, 2025)”

Cal Climbingの新歓で,はじめて外岩登り(ボルダー)をした. Bouldering in Indian Rock Park

寮にあった古い自転車を借りて,Berkeleyの近くにある海沿いの公園に行った. Berkeley Marina

寮の友人に祝ってもらった.これらの友人の誕生日にお返しするべきだったが,その時期には部屋に引きこもっていてとても人に会える精神状態でなかったので祝えなかったことが今になっても心残りである. Birthday

近くのGymで開かれていたStanfordとの対決というテーマのボルダーコンペティションイベントに参加した.この時期には既に大学から足が遠のきつつあったと思う.この時期のカメラロールに,ルームメイトのいびきの映像が残っている.この頃には既にいびきに悩まされていたのだろう.今聴き直しても本当にひどいいびきだ.

この日にStinson Beachというボルダーに最適な岩が色々とあるビーチに,Cal Climbingで行った. あいにく写真が残っていない.理由は不明であるが,とてもナイスなGeography majorのカップルがビーチまで運転してくれて,ボルダーをしたと記憶している.

Point Reyes National Seashore (Sat, October 18, 2025)
Section titled “Point Reyes National Seashore (Sat, October 18, 2025)”

CHAOSの活動でこの国立公園に行った.とにかく歩いたがとても気分転換になってよかった.この頃も大学に通うのがだいぶ億劫になっていたと思う. Point Reyes National Seashore 1

Point Reyes National Seashore 2

もうこの頃には大学に通わず部屋に引きこもっていたと思う.ルームメイト2人のうるさいいびきを聴きながら見たCal ClimbingのSlackでYosemiteに行くtripのお知らせが載っており,Californiaに来たからには一度は行っておかなければならないと思って部長に連絡して同じ車に乗せてもらった.Yosemiteではcamp siteでみんな酒盛りをしていて(私はCalifornia州で飲酒可能な21歳を越えていたよ!),それ以外にはとにかくBoulderをした.ローラースケートしていた人もいたし,カムとかナッツを使うようなtrad climbingをしていた部長とその彼氏の登るのを見せてもらったりした.これは留学中に行けた場所で一番良い場所だったかもしれない.本当は色々な場所でHikeできたはずだが,それはあまりできなかった. Yosemite 1 Yosemite 2

Stanford/Apple Park(Fri, November 21, 2025)
Section titled “Stanford/Apple Park(Fri, November 21, 2025)”

さすがに引きこもり生活も一ヶ月近くなりせっかくの留学がもったいなかったので,ICUで出会った友人のいるStanfordに行った. キャンパス内も色々と見れたし,ついでにバスで寄れるAppleの本社にも行った.Apple Parkは大きかった. そういえば大学で渡されたCLIPPERカード(カリフォルニアのPASMOみたいなやつ)で,大学近郊だけではなくStanfordまでのCal Train/BARTや,Stanfordに着いてからのバスもすべて無料だった.これは色々な場所に足を伸ばす上で大変役に立った.

この頃にはもう大学の試験もほとんど終わり,私はそのほとんどをこなせていなかったと思う.結果的にすべての授業をfailするわけだが(書いていて自分はそんなことをしでかしたのかと改めて思う),それでも外に出なければという想いでSan Franciscoにある企業の本社: Cloudflare, GitHub, LinkedIn, etc.を見に行った.本当に自分のIT分野で使っている製品のほとんどがここから生み出されている不思議な気分を覚えた. この時期が(11月下旬から12月上旬),引きこもっていた中でも一番辛かった時期だったと思う.食欲もそこまで湧かないし,なにより誰にも会いたくなかった.あまりにuggeもルームメイトのいびきがうるさいので寮長に部屋変更を申し入れ,認められて部屋が変わったのがこの頃だったろう.二人部屋になった.夜遅くに私がパソコンを触っている音で逆に相手に少し迷惑をかけてしまったほどで,とても静かでやっと落ち着いた部屋が手に入った.遠距離の彼女を大切に思って,私にも気遣いをしてくれる良いルームメイトだった. GitHub HQ

こうして秋学期が終わった.


新学期に向けて状況を打開する必要があると考え,冬休みは長めに旅行に行くことにした. ICUの関連財団が主催するNew Yorkでの留学生交流イベントがJanuary 8-11, 2026にあったので,それに合わせてNY以外の街を訪れた.

Minnesota (December 24, 2025-January 1, 2026)

Section titled “Minnesota (December 24, 2025-January 1, 2026)”

寮で仲良くなった友人の実家がここにあったので,実家にお泊め頂いた.雪がよく降る街なので,お散歩やスケート,バー,New Year Partyを楽しんだ. あまり旅程をきちんと決めずに飛び込んだが,温かく出迎えてくださってとても心がほかほかした. こうやって見ると大変長い間泊めていただいたわけだ.改めてありがとうございました. Minnesota 1

Minnesota 2

Minnesota 3

Minnesota 4

The Brooklyn Riviera ICUのイベントで招待されたホテルに移動するまで宿泊したブルックリンのホステル

あまり人も多くなく「こんな感じなのか」という程度であった.

NYで訪れ田中で一番印象深かったかもしれない.NHK『映像の世紀 バタフライエフェクト』でも特集されていた乗客の最後の電話や,World Trade Centerの当時の様子,さらにこの事件に至った米国の対中東政策などが多角的に展示されており,なによりその資料をWorld Trade Centerがあったまさにその場所で見ているというのが感慨深かった. 現在では事件のその瞬間のみが多く取り上げられるが,事件前に犯人がアメリカで長期間他の生徒と一緒にパイロットの訓練を受けていたこと,事件後にビルの残骸がスモッグになってしばらく街に残ったことや,救助の過程で亡くなった消防士,また映画のシーンから削除された同ビル(e.g. “Spider-Man”),さらにその後の“War on Terror”政策など,その瞬間だけでは終わらない事件の背景が実物の資料とともに知られるとても良い経験だった.

LondonのTATE Modern,ParisのCentre Pompidouと並ぶ世界的な現代美術館で,この中で唯一行ったことがなかったので期待して行ったが,期待は越えてこなかった.コレクションは膨大だが,そのうち展示出来るのはわずかだから,自分の興味のあるジャンルがなかったというのもあるだろう.ちょうどこの時に日本の東京で取り壊され,世界中の美術館などにコレクションされたメタボリズム建築の代表作『中銀カプセルタワー』の一室が展示されていて,それはとてもおもしろかった.

中銀カプセルタワーの一室 MoMA

本館から少し離れたところにあるMoMAの別館で,個人的にはこちらの方が挑戦的な作品が多く気に入った.2025年に開催されていた森美術館の「マシン・ラブ」でも見たキム・アヨンの作品が目当てだったが,他の作品も良かったと思う.建物は何かを改装して建てたようなもので,広い中庭があり,ギフトショップには色々な本やポストカードがあり良かった. MoMA PS1

『Man In Black』の冒頭や『Spider-Man: Across the Spider-Verse』などのハリウッド作品に多く引用されている特徴的な建物が印象的である.2024年にパナソニック汐留美術館で開催されていた『フランク・ロイド・ライト 世界を結ぶ建築』展で知ったのか,NYに行くことが決まる前から行ってみたいと思っていた.外から見ると螺旋状の建物だが,展示空間も吹き抜けを中心として上から回りながら下りていくようになっており,その体験も,置いてある作品のジャンルの広さ(現代彫刻,映像,ペインティングなどなど)もとても良かった.他人におすすめできる美術館だ. Guggenheim Guggenheim 2

American Museum of Natural History (January 7, 2026)
Section titled “American Museum of Natural History (January 7, 2026)”

たしかMETがこの日休館日で代わりにここに来たと思う.広い館内には色々な国や地域のゾーンがあり,剥製が展示されていた.海洋のコーナーでは海洋探査のドキュメンタリーフィルムが流れており,それが面白かったと思う. American Museum of Natural History

海上に浮かぶような奇妙な建築で,とても新しく綺麗だった.現代アートが主であったと思うが,展示はアーティストの特集を組んでおり,各階ごとに明確なコンセプトがあった点がとても観る者を刺激するようであった.

“Ocean’s Eight”にも出てくるMet Galaというファッションイベントでも有名な美術館で,綺麗なものが色々置いてあった.とても広かった.そのような印象である.

大学の英語の授業でeugenics(優生学)について扱ったときに移民の歴史に関連して習ったので行ってみたいと思っていた.自由の女神もまあ有名で観てよかったとは思うが,Ellis Islandの宿泊施設の展示や移民排斥運動に関する写真やポスターの展示が観られたことはとても価値のある体験だった. Statue of Liberty

Ellis 1

Ellis 2

高校生の頃に落合陽一のWeb配信番組を観ていて知っていた憧れの大学院だった.小さな展示施設もあり,とても綺麗な内装だった.2000年代にはとても元気があったようだけれど,今はどうなのかしら.

カフェも併設されている過ごしやすい場所だったと思う.

プログラミング言語のScratchやその他工業製品のうちMITが関わったものの展示がおもしろかった. Scratch

MITからバスで数十分の場所だったと思う.歴史ある感じの建物だった.

Amtrakに乗ってみたかったので,Boston → Chicago → Sacramento → Berkeleyと東から西までAmtrakの大陸横断鉄道で移動した. 正直4日間Coachシートは辛かったが,ロッキー山脈やデスバレー(多分)のアメリカらしい風景を観られたり,はじめは雪だったのがだんだん暖かくなっていく国土の広さを感じられる良い旅だった.もう少しお金を貯めて将来のパートナーとでも別のルートをやりたい. Bostonの駅 Bostonの駅 Chicago Pizza 乗り換えのChicagoでPizza Amtrack 乗った車両 食堂車 食堂車 車窓 車窓 Sacramento Berkeleyに向かうために乗り換えたSacramento

鉄道博物館を見た.大陸横断鉄道の工事に中国系移民が動員されたことや,昔の客車の展示などがありおもしろかった.


留学後半の春学期では以下の授業を履修した:

  1. Astron7B: Introduction to Astrophysics
  2. EPSC12: The Planets
  3. EPS88: PyEarth: A Python Introduction to Earth Science
  4. MATH123: Ordinary Differential Equations

結果的にこの授業と,次のThe PlanetsがBerkeleyで履修した授業で一番印象深かったと思う.これはいわゆる「天文学」の入門コースに当たるもので,parsecなど天文学の基礎的な単位や概念を導入しつつ,物理学生向けに宇宙の研究に関する歴史をトピックごとに扱うものであった. 先学期に取った地理があまりにもハマらなかったので,隣接領域である天文学を履修することにしたのだが(具体的にこの授業を選んだ経緯はあまり覚えていないのだが),これは幸運な選択だったと思う. 結果的に4月頃からまた授業には出られなくなってしまうものの,毎週の課題はGoogle Geminiの助けを借りながらなんとかこなすことができ,その計算と扱っている題材の壮大さに大変惹かれた.

この授業は地球と太陽系の惑星,さらには系外惑星(Exoplanets)のことについて文系も含めた全学の学生に講義するものであった.物理に親しみのない学生にも直感的な理解が出来るように毎回の授業には様々な種類の実験が用意されており,旅行好きな教授の話や実生活に即した授業中に突如出されるクイズなども飽きさせずに楽しかった. この授業の演習の時間にあった学内のフィールドワーク中にお喋りして仲良くなった香港系アメリカ人の友人は今でもテキストメッセージや文通を重ねる仲で,とても会えて良かったと思う.それも含めて良い授業だった.彼女とはたしか自分から誘ってCafe Stradaというキャンパスの南のカフェでお茶をして,楽しい時間にできるか心配だったが人生経験や今後のプランについて熱く話せた良い時間になった.思い出深い.彼女と出会えてよかった. Planets 授業の様子 Planets 2 愛嬌があるいい教授だった.Python/Jupyter Notebookで物理演算する授業があって,それも受けたかった.

EPS88: PyEarth: A Python Introduction to Earth Science
Section titled “EPS88: PyEarth: A Python Introduction to Earth Science”

Python(主にPandas, Matplotlib, Numpy, cartopyなどのパッケージ)を使って地球科学に関する数値分析(岩石の成分分析や震央分布のマッピングなど)を行う授業であった.課題は楽しかったが授業が長く待っている時間が多くあまり楽しめなかったので,最後は課題を出すだけになっていた.ここでも英語の専門用語が分からない問題はあったが,講義がスライドになっていて,課題の説明も課題内(Jupiter Notebook)で説明されていたので何とかなった.

どうも数学の講義はどこの国に行っても眠いものらしい.自分でゼミ発表をやるようになってから数学の定義→定理の流れなどをおもしろく伝える難しさには散々苦しめられることになるが,それでもやはり常微分方程式の抽象的な話題は講義を聴いていても興味をそそられるものではなかった.これも課題とテストだけをこなすことになってしまった.

前述のStanfordの友人を誘って,シリコンバレーに程近い(というかシリコンバレーの中?)のComputer History Museumを訪れた.Googleの最初期のサーバやApple Oneなどの実物が見られる.コンピュータに触れて育った身としては興奮するものばかりだった. Computer History Museum

San Franciscoにあるインターネットのデータを収蔵している非営利団体を見学した.ちょうどツアーをやっていて,当時引きこもりでWikipediaの編集などをやっていたのでとてもありがたい気持ちになった. Internet Archive 1

Internet Archive 2

サンフランシスコから見えていた昔の牢獄島で,現在は遺産として観光地になっている.オーディオツアーがあり,元受刑者などのインタビューが非常に印象深かった.『ショーシャンクの空に』の世界だった.

学期が終わった後にハワイを経由して帰国した.Hawaii島には天文学に関する施設があるので,研究者の方に連絡してお話しする機会を得た.詳細を書けないのが残念だが,天文を研究する人や施設に触れ,より一層天文学の道に興味が持てる最高の経験だった.ハワイ島に寄れて良かった.

Hawaii 1 これはメインで訪れたハワイ島ではなくオアフ島 Hawaii 2 とにかく色が鮮やか

2026年初に立てていた目標のうち「荒削りでもすべての課題を出す」は達成することが出来た.しかし,後半は夜な夜なプログラミング(途中でルームメイトが別の1人部屋に引越し,大きな1人部屋を手に入れたことも夜更かししやすくなった原因)したりして結局授業に出る回数が減ってしまった.朝起きるのが全然楽しみではない.やはり,英語で授業を受けることのストレスか. 後期になって,積極的にGeminiを授業や課題で使うようになった.その教育効果はさておき,とにかくこれなしで単位を取ることが考えられないほど便利で(もちろん,「答えは聞きたくない,考え方のヒントをくれ」という自制も多少はあったが),なんせ周囲も猫も杓子も生成AIでその普及率の高さを目の当たりにした.図書館で勉強している学生たちのパソコンを薄目で見ていると,ChatGPT, Claudeとのチャット画面しか見えない.

また,時間があったのでTimetable.icuという大学の時間割アプリを友人のために作った.バイブコーディングとは言えないだろうがGeminiと対話しながら技術選定やコード執筆を行った初めての経験だった.結局デバッグなどの地味な作業に一番時間がかかるのは手書きと一緒だが,話し相手がいるので深夜でもずっと楽しくコードを書いていた.Astroを含めCloudflareに全て振った構成も,個人開発でないと挑戦できなかったであろうからとても良い経験になった.macOSからLinuxに切り替えたのもこの開発がきっかけだった.

Berkeleyが辛くて一旦アカデミアと距離を置きたいと思って今夏の山小屋バイトに応募したのもこの時期だった. Squirrel キャンパス中にいるリス

それから,Social Media断ちについても書いておかなければならない.まず,日本にまだいる間に部活動の後輩に恋をして結果振られるのだがちょっとその辺りで恋愛に限らない人間関係のいざこざに巻き込まれそうになったので思い切ってLINEを辞めた.また,アメリカにいる間に見すぎていけないと思いX, Reddit, Quora, Facebook辺りを辞め,日本帰国直前に,自身が見ていて幸せになっていないと感じ(特にExploreタブがReelsで埋め尽くされたあたりから)Instagramも辞めた.軋轢も生んだし簡単に会えない/連絡を取れない人が何人か(中学時代の同級生で話の合った小倉とか,小学生の時の初恋の濱野とか)生まれてしまったが,それでもなんやかんやで連絡手段はあるし,何よりもすっきりした.

それからずっと使っている祖父の形見のMacBook Proではさすがに限界が見えてきたので,春学期になってからFedora Linux使いになった.これは以下のZenn記事(『MacBook Pro (Mid 2014)でFedora Linuxをデュアルブートしよう』)に詳しい. Cafe Strada Cafe Strada

あとは,留学生活の後半になって財務的な見通しが立ったことで外食などの楽しみも得られるようになってきた.Impression of Lanzhouという中国料理と,La Crêpe à Moiというクレープやさんに特に行きつけになり,寮以外でご飯を食べたくなった時によく利用していた.それから,日曜日に課題の提出が重なることが多く,その提出のために近くのコンビニでコカコーラの小さい缶を買って氷を入れて飲むのが最高に美味しく数少ない楽しみだった.こんな調子だったので,この時期はとても太っていた. Bao Bao The last room in Cloyne 最後に生活していた1人部屋

以下,雑多の気づきを箇条書きで書き連ねる.

  • 本が読めなくなった.Kindleは持っていたけれど,ずっとパソコンで日経電子版GIGAZINE, Zenn.devなどを読んでいた.
  • 話したい人が減った.私は話したいと思っても,相手はあまり乗り気でないように見える人や,話しても話の合わない人が多くなった.心に余裕がなくなったことで,他人とコミュニケーションを取ることのハードルが上がった.
  • 生活習慣が狂った.
    • 睡眠習慣が狂った
      • 何度夜明けを見たか
      • 6:00-14:00睡眠(ほぼJST)
    • 理由は以下のような色々が重なっている:
      • 運動が出来ていない.前期はクライミングしていたけれど,いちいち許可証を取りに行かないといけなかったり,そもそもジムが寮からでは歩いて行くには遠かったりして行かなくなってしまった.
      • 課題もすべてパソコンを使うし,コーディングが趣味でずっとパソコンしかしていないから明らかに睡眠に障害が出る.
      • 人と喋っていない.人と喋らずに1日を終えると全然疲れないから眠れない.

休日の寮の夜

  • 今後海外も含め大学院に進学したい時に,半分がFailのこのtranscriptがどのくらい響くか.
    • 将来のアメリカVisa申請にどのくらい響くか.全く分からない.
  • 東京はとても小さく,やることに飽きていたが,小さかったからなんとかなっていた.
    • 東京にいた頃はお金も限られていたし,行動範囲も狭かった.ICU,吉祥寺Uplink, 森美術館,などでほとんどの用が済んでいた.
    • 狭かったからなんとか自分のやりたいことが実現できていた気がする.実家だったし.
    • 一人で外に出てきて,安定した基盤がなくて足がつかなかった感覚がある.
  • 他人の名前を覚えるのは本当に大事.名前を覚えているだけで友達になれる.
  • 自分に余裕がないと(学校に行けず成績も取れない等),心の底から目の前の出来事を楽しめなかったのが悲しい.どこかで自分がずっと疲れていて,本当は心の底から楽しむべきことが楽しめなかった. Cloyne Kithen 1 寮の調理場1 Cloyne Kithen 2 寮の調理場2
  • 週1のMinecraft Tutoring
    • 日本にいた頃からやっていたZoomでのオンラインレッスンのお仕事.
    • わずかでも仕事があり,自分を求めてくれる生徒さんがいることは救いだった.プログラミングを中学生の子と毎週Minecraftで学んでいた.
  • Webプログラミング
    • ひとりでアウトプットできる趣味があまりなく,これは続けられた.編み物や絵でも描ければいいのだけれど.
  • ベースギター
    • 日本を出る直前に始めて,アメリカでも安いのを買ってたまに弾いていたが毎日は続かなかった.
  • シャワー
    • 湯船に浸かれないのがストレスで,あと寒くて風呂に入る頻度は落ちていた.それで言うと山小屋に来てからも週1-2回くらいのペースでしか入っていないのでそんなに変わっていないのだが.
  • 歯磨き
    • え,今メモを見ていてここに「歯磨き」と書いてあって驚いた.そうか,君は歯磨きをしていなかったのか,それはよくない.
  • 思ったことを口に出さないこと
    • 割と黙るようになった気がする
    • 果たして人と会う段になって聴き役に回れるかな
  • 行動すること,人に言われたことを受け止めること
    • 人望が足りていない
    • 恋人がいないなどの根本原因?
    • 自分ですることはする,好きなら「好き」ってちゃんと言う
  • 東京に帰ったらCoca-cola飲まない
    • 他に楽しいことなかった.
    • 日本に帰ってきたら全然コーラが美味しくない.国によって味が異なる?
  • 本を読む
    • 日本に帰ってきて日本語の本がいっぱいある.本を読まなければ.

Eating in the Cloyne Yard 寮での一コマ

  • 天文学の計算は単位ゲー.
  • 持ち帰り容器の紙パック普及率が高い.日本はプラスチックばかりだが,土中に残留しないなどのメリットが本当にあるなら日本でも紙容器も普及させたらいいのに.がんばれ王子製紙.
  • 日本より横断歩道で信号無視しやすい.
    • ちゃんと自分で見て判断するのはとても良いと思う.
  • 右側通行
    • これに付随して,歩行者も対向する人を避ける方向が向かって右側で,日本と逆になっていると思う.
  • 牛乳がマズい
    • コストコの牛乳がまずいだけかもしれない.日本の明治「おいしい牛乳」が本当に恋しかった.山にいる今もとても恋しい.
  • NYの水はドブの味
  • 国土が広い
    • 道が広い
      • 路上駐車で車を保管している.両前の路上駐車権は1年で50$らしい.安い.
  • フリーウェイが無料.橋に料金所がある以外は高速道路が大抵無料でわかりやすい.
  • ダイエットコーラが人気みたい.ダイエットしたいならコーラ避けるべきだと思うんだけど…
  • 大麻に寛容(な州がある)
    • すっかり臭いになれてしまった
  • お酒は21歳から.
    • 少なくともカリフォルニアでは
  • 食べ物の色がピンクとか鮮やかであまり自分の食欲をそそらない.
    • 関連して,何にでも匂いが強く付いている.石けんとか.
  • 住所や電車‧バスが通り名ベースの地名.
  • やせ薬のCMが普通に流れたりポスターが貼ってある.
  • ニューヨークはやたらと怪我の訴訟に関する広告が多い.そんなに需要があるんかしら.
  • 日本の街より歩きスマホが少ない?
    • テキストせずに電話してる人が多い気がする.
  • 自警組織が発達している: 各大学,鉄道会社など.
  • 結局自分が一緒にいて心地良いのは日本人カルチャーに近い人かもしれない.
    • Ali (Workshift Manager)の恋人は日本の血が入っていると話していたけれど,少し控えめな感じがこの国では多くの人に受けないかもだけど少なくとも私には心地良いのかもしれない.
  • 日本語には,英語に比べて初対面の人に話しかける語彙が少ないと思う.
  • 他人を貶めないcultureがあるかもしれない.
    • 人による.
    • “I like your jacket”が本当にその意味になるのはとても良い.
    • この言語文化になれていると.日本語の褒め言葉に他意やなにかしらのintentionが含まれているようで気持ちが悪くなる.
  • こっちに来てから知った言葉:
    • lowkey
    • lockin
    • tedious
  • 授業で友人が出来るICUは貴重
  • 生活環境は大事
    • 3->2->1人部屋
  • めっちゃ自分独り言を言っている
    • 鼻歌も.
    • 独り言や鼻歌ができるのは1人部屋の特権
  • 英語は上達したと思う.話せるようになった: しかしなお友達作るの難しい
    • 語彙よりも,大きな声ではっきりと伝えたり,別の言葉で言い直すと伝わる.
    • あと,わかんなかったら “What does that mean?“って訊いてしまえばいい.これにめっちゃ救われた.
  • 坊主にした.髪を洗わなくていいかと思ったが,汗はかくのでそんなに変わらない.
  • 奨学金に本当に助けられた.これがなければ生活がさらに困窮していたに違いない.
    • 物価高い
  • コンセントが日本と一緒
  • 日本よりもトランスジェンダーやベジタリアンにやさしい
  • 知っている人に外で会うと恥ずかしい私はめっちゃ日本人?
  • 友達作るのめっちゃ難しかった
    • 文化の違いか,言語の壁か
    • 自分の気分の問題かもしれないが,友達になりたいという人にほとんど出会えなかった
    • 寮以外でPhone Number持っているのってAcewinぐらいでは?
  • militaryとかベテランの優遇がある(飛行機)
  • 卒業していく人たちの笑顔を見ているとHappy Endingにしたくなるが,この1年で得たものは多かれどこの先については迷いが増えたと思う
    • 卒業式の日に書いたメモ
  • 携帯電話番号はなくてもいけるがたまに困る
    • ZelleやVenmoへの登録は+1の米国電話番号が必要
  • 自分の子供っぽいところはいい加減に捨てなくては
    • 思っても言わなくてもいいことを言わない
    • 積極的に褒める
  • 分からん時に分からんって言う
  • 在留届を早く出さないと,在外選挙人登録がされず選挙に行けない.
    • 私はこれで衆院選に投票し損なった.いつも投票所に一番乗りするくらい投票には熱心なのに投票できないなんて…
    • 海外赴任/留学が決まったら早く外務省のWebサイトから在留届を出そう.
  • 名前覚えられん,本当に他人に興味ないんやな
    • 名前覚えるのはめちゃ重要
  • 2学期目に成績が上がったのは良い事,寮生活にも多少慣れてきて他の寮生とバドミントンしたり.
    • ただ,いつでも何でも相談できる友人はできなかった.言語の壁も大きい.
    • とはいえハワイに行く飛行場まで車で送ってくれた友人もいたし,なにかと恵まれていたとは思う.ありがたい

編み物 日本を出る前に好きな人にもらった(?)クラゲの編み物.今も鞄の中の安全な場所に引っ掛けて山行に連れて行っているお守り.

前期に大学に通えなくなり,未知の環境に適応することの難しさにとにかく悩まされた9ヶ月だったが,現代美術や鉄道,コンピュータなど自分を形作るものが生まれた地を訪れ,また大学では天文学や,少ないながらも大切な友人を得られた私の人生にとって意味のある9ヶ月だったと思う. 今思い返しても辛かったし,今からBerkeleyで再度学んだとして,引きこもらずにやっていける自信は正直ない.しかし,自分のいまいる日本での環境が恵まれており,まだアカデミアのキャリアを選択肢に入れられることに感謝したい.天文学をこれからも学びつづけるかは(飽きっぽい性分なので)まったくもって予想がつかないが,今は,下山後に物理を学んで日本,ないしはアメリカやヨーロッパの大学院に天文学で進学出来ないか考えているところである. 今後とも,未熟ながらも学ぶことはやめず,現代美術や天文学,また英語などの外国語と友人を大切にしながらキャリアを進めていきたいと思う. Japanese Curry 1 Japanese Curry 2

留学の機会をくれた両親とICU,金銭的な支援を賜った業務スーパージャパンドリーム財団,それに留学中も電話などで励ましてくれた上田,辻,荒井,コーツ(敬称略)皆々様などの友人と,Berkeleyで出会ったCharis, Frank, Acewin, Chaemin, Tatsu, Mariaなどの友人たちに感謝します.ありがとうございました.

なお,この文章の執筆に当たって大規模言語モデル・生成AIは一切使用されていない.